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【第17話】夫婦の営みとその攻防①(桜塚イレイラ・談)

last update 최신 업데이트: 2025-12-08 14:00:03
 意識が戻った後も私は浴槽の中でしばらく動けず、呆然としていた。まさか、自分の胸にある“痣”からも“お猫様”の“残留思念”を見てしまうとは思ってもいなかったからだ。

 これは私が生まれた時にはもうあったものだ。そんなものに“記憶”が残っていたとあってはもう、自分の前世が『黒猫のイレイラ』である事を認め無い訳にはいかないなと思った。

(でも、今までにだって何度も触れる機会はあったのに、それまでは一度も、何も起きなかったのは何で?)

 何かきっかけが——

 あ、『異世界召喚』か。

 『召喚』され、『この世界に連れて来られた』のと『指輪』に『痣』が重なったのがトリガーになって、“残留思念”を読み取れたに違いない。

(きっとそうだ)

 その事に気が付くと、今までの私の人生すら、決まった流れだったように思えてきた。

 両親との早い別れ。

 一人っ子である事。

 親戚や親友のいない希薄な人間関係。

 全て、いつか此処に戻るために用意されたみたいだ。

 戻してもらえる事を願っていたみたいな……。

 コンコンッ。ドアをノックする音で、私は思考の波から引き戻された。

「イレイラ?大丈夫?」

「あ……。——えっと、大丈夫ですよ?」

 ドア越しのカイルに何を心配されたのか、一瞬わからなかった。

 お湯がぬるい。もう随分長い事湯船に浸かったままだったみたいだ。いくら待っても出て来ない私をカイルは心配したのか。

「お湯、温め直す?それともあがる?」

「えっと、あがります」

「そう、わかった」

 湯船からあがり、用意してくれていたバスタオルで体を拭く。夜着や下着、化粧品の類が全て用意してあったのでホッとした。こういったところも『元の世界』と類似しているというのは本当に有り難い。

 眠る準備を整え、髪の毛をタオルで拭きながら居間に移動すると、窓際に置かれたソファーでカイルがくつろいでいるのが見えた。どうやら本を読んで時間を潰していたみたいだ。

「スッキリ出来た?」

「はい、おかげさまで」

「不自由な事があったら遠慮なく言ってね、直ぐに用意してもらうから」

「大丈夫ですよ。——あ、でも、髪を乾かすのが大変ですね。何かこう、簡単に乾かせるような、便利な物とかあったりします?」

 元の世界では風呂上がりの必須アイテムであった『ドライヤー』なんて単語を言ったって通じるはずがなく、身振り手振りで何をしたい
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  • 黒猫のイレイラ   【第18話】夫婦の営みとその攻防②《残留思念》(イレイラ・談)

    『——ねぇ、お願い。イレイラ、コレ飲んで?』 ベッドの上で一人と一匹。カイルは“私”の前でお行儀よく正座をして座っている。その手にはガラス製の小さな瓶があって、キラキラと光って不思議な色をしていた。ベッドの側にあるスタンドライトの魔法光が発する灯りが瓶にあたると、それは青にも黄色にも見える。(何でだろう?——というか、コレは何だろうか?) 首を傾げていると、カイルが少し視線を逸らした。頰が赤い。まさか風邪でもひいたのだろうか?『きょ、今日は僕達の初夜だから……その、ね?“番”だったらする事が、あるよね?』 カイルの声がうわずっていて少し震えている。やっぱり風邪なんじゃないのだろうか?よくわからない事を言っていないでサッサと寝るべきだ。風邪はひき始めが肝心だというし。 “私”は枕の方へ進み、ポフポフと前足で叩いてみた。『さぁ寝ましょう』と言うつもりで。『え?あの、今日はこのまま寝るんじゃ無くてね?あのね、イレイラ、コレ飲んで?』 クイッと目の前に先程の小瓶を差し出される。さっきから見せてくるコレは何なんだろうか?パクパク口を動かして、“私”はカイルに説明を求めた。なのに、いつもならちゃんと直ぐに察して答えをくれるカイルが、今日は言葉を詰まらせて困った顔をする。 これは、“私”には言いにくいような物を飲ませようとしているなと直感的にわかった。その事に少しイラッとして、“私”はカイルの膝をペシペシと叩いた。『ゴ、ゴメン!だって、言葉にして言ったら、まるで“今のイレイラ”を否定しているみたいな気がして。僕はちゃんと君の、ありのままの姿が好きなのに!』 説明になっていない。“私”は瓶の中身が何かを知りたいのに。 会話での意思疎通が出来ないのは、やっぱり時々不便だと思う。カイルが“私”を召喚する時に、投げやりに描いた魔法陣の術式の弊害かもとも思うのだが、普段は困らないのでそのままに過ごしていたが……やはり、どうにかしてもらうべきだったろうかと少し後悔した。『えっと、あのね、実はこれ……人の姿に一定時間だけ変身出来る薬なんだ。その……お互いにこのままじゃ、で、できないでしょ?えっと、あの……体格の、違いで。その……い、挿れられ、ないよね?君に』(人に?“私”が?“私”はこのままの姿が好きなのに。しかも、いれる?何をだろうか?)『僕が猫の姿になってもい

  • 黒猫のイレイラ   【第17話】夫婦の営みとその攻防①(桜塚イレイラ・談)

     意識が戻った後も私は浴槽の中でしばらく動けず、呆然としていた。まさか、自分の胸にある“痣”からも“お猫様”の“残留思念”を見てしまうとは思ってもいなかったからだ。 これは私が生まれた時にはもうあったものだ。そんなものに“記憶”が残っていたとあってはもう、自分の前世が『黒猫のイレイラ』である事を認め無い訳にはいかないなと思った。(でも、今までにだって何度も触れる機会はあったのに、それまでは一度も、何も起きなかったのは何で?) 何かきっかけが—— あ、『異世界召喚』か。 『召喚』され、『この世界に連れて来られた』のと『指輪』に『痣』が重なったのがトリガーになって、“残留思念”を読み取れたに違いない。(きっとそうだ) その事に気が付くと、今までの私の人生すら、決まった流れだったように思えてきた。 両親との早い別れ。 一人っ子である事。 親戚や親友のいない希薄な人間関係。 全て、いつか此処に戻るために用意されたみたいだ。 戻してもらえる事を願っていたみたいな……。 コンコンッ。ドアをノックする音で、私は思考の波から引き戻された。「イレイラ?大丈夫?」「あ……。——えっと、大丈夫ですよ?」 ドア越しのカイルに何を心配されたのか、一瞬わからなかった。 お湯がぬるい。もう随分長い事湯船に浸かったままだったみたいだ。いくら待っても出て来ない私をカイルは心配したのか。「お湯、温め直す?それともあがる?」「えっと、あがります」「そう、わかった」 湯船からあがり、用意してくれていたバスタオルで体を拭く。夜着や下着、化粧品の類が全て用意してあったのでホッとした。こういったところも『元の世界』と類似しているというのは本当に有り難い。 眠る準備を整え、髪の毛をタオルで拭きながら居間に移動すると、窓際に置かれたソファーでカイルがくつろいでいるのが見えた。どうやら本を読んで時間を潰していたみたいだ。「スッキリ出来た?」「はい、おかげさまで」「不自由な事があったら遠慮なく言ってね、直ぐに用意してもらうから」「大丈夫ですよ。——あ、でも、髪を乾かすのが大変ですね。何かこう、簡単に乾かせるような、便利な物とかあったりします?」 元の世界では風呂上がりの必須アイテムであった『ドライヤー』なんて単語を言ったって通じるはずがなく、身振り手振りで何をしたい

  • 黒猫のイレイラ   【第16話】散らばる記憶の欠片⑦《残留思念》(桜塚イレイラ・談)

    『さて、これから始めるけど祝詞の類は省かせてもらうよ。イレイラが飽きてしまうからね』 カイルは参列者に向かい同意を求めた。『まぁ、カイル達がそれでもいいのなら私達は構いませんよ。——ね?ウィル』 オオカミの獣耳を持つハクと呼ばれる神子が隣に座る男性に問い掛ける。『何だ、つまんねぇな。誓いのキスを冷やかしてやろうと思ってたのに』と、ライオンの獣耳を持つ神子のウィルが不貞腐れた顔でボヤいた。『冷やかしはいけませんよ。カイルが拗ねて、追い出されてしまいますよ?』 クスクスと笑い合うハクとウィルの二人はとても楽しそうだ。『お二人共お静かに願います。……カイル様、儀式を』 セナが二人を宥め、カイルには続きを勧める。そんな彼に対してカイルは首肯して応えた。『……それでは始める。イレイラもいいよね。もう後戻りはさせないよ』 有無を言わせない言葉に、“私”は頷く事しか出来なかった。 “私”が土壇場で逃げ出さない事に安堵したのかカイルが微笑む。その顔はどこまでも澄んでいて、とても穏やかだ。 一呼吸置く。すると、周囲から一気に音が消えた。カイルがカッと目を見開いた途端、彼の体から魔力が光を帯びて溢れ出し、綺麗な黒髪がフワッと浮く。 “私”の体を、カイルが両腕を伸ばし、高く掲げると、どこからともなくキラキラと輝く光が現れ、私の体をも包み出す。 彼の開いた口からは聴き取れない不思議な音が流れ出し、音楽を奏でているみたいだったので、カイルは古代魔法を発動させている事が“私”でもわかった。(これが、『結婚式』というものなんだろうか?) 想像していたものと全然違って不安が加速する。でも体が動かない。まるで見えない鎖で縛られていくみたいだ。 筆記具で描いてもいないのに、透明で、赤い色味をした魔法陣が祭壇から出現した。カイルと同じくらい大きな魔法陣が、彼の呪文に呼応して光を増す。 その魔法陣から二つの光が飛び出し、私達の方に近づいて来た。ゆっくりと、でも確実に。その光を目にした瞬間、カイルの口元が弧を描くように醜く歪んで見えた。『あぁ、イレイラ……僕のイレイラ。これで君は、永遠に僕のモノだ……』 彼の呟く声に、底の無い深淵でも覗き込んでしまった時のような恐怖を感じる。でも同時に、ゾクゾクした鈍い快楽も何故か秘めていて、自分でも驚いた。 飛び出してきた二つの光

  • 黒猫のイレイラ   【第15話】散らばる記憶の欠片⑥《残留思念》(桜塚イレイラ・談)

    『——嬉しいよイレイラ。やっと僕を受け入れてくれるんだね』 満面の笑みでカイルが“私”に微笑んでいる。黒くて小さな私の両手を彼はギュッと握り、地味に肉球を指でプニプニしつつ、“私”の額にそっとキスをしてくれた。 カイルは普段と違って真っ白な礼服を着込んでいる。黒い髪は後ろに流す様にセットされていて、端整な顔がよく見えた。両耳の上から生える羊のような角には七色に光る小さな宝石をシルバーチェーンに散りばめた装飾品で飾り付けされていて、シンプルなリースみたいでとてもオシャレだ。 黒曜石みたいに綺麗な瞳は熱を帯びながらしっかり私を見つめている。その事が何よりも嬉しい。『イレイラにはこれを着けてもらうね。外したらダメだよ?』 そう言うカイルの手には、とても小さなティアラがあった。多くのダイヤをあしらったそれは、小さくても存在感があり、女性の夢が詰まったしつらえだ。そのティアラには白いベールが着いている。光の加減で多種多様な光を放って見えるそれは、花嫁が頭から被る物のように見えた。(あぁ、まさか“私”相手でも、こんな物まで用意してくれたのか……) そう思うと涙が出そうになった。 スッと頭をカイルに差し出し、着けてくれとアピールする。言葉は通じなくても彼ならきっとわかってくれる。 予想通りにカイルは私の頭にティアラを乗せて、ベールで顔を軽く隠してくれた。魔法をかけて、動いたくらいでは落ちないオマケ付きで。『あぁ……。とても綺麗だよ、イレイラ。もっと色々言ってあげたいのに……今の僕は幸せ過ぎて、言葉が出ないや』 顔を真っ赤にしながらカイルが言葉を詰まらせる。困った様な顔をしているが、幸福感で溢れてくれている事が伝わってきた。 お礼を言う代わりにカイルの手に頬擦りをする。すると彼は“私”を縦に抱き、立ち上がった。『さぁ、式場まで行こうか』 その言葉に“私”は『ニャァ』と鳴いて答えた。 白に染まる長い廊下をカイルが“私”を抱えたまま歩いて行く。そして彼は、神殿内の最奥にある、各種儀式がある時にしか使用しない祈りの部屋までやって来た。 “私”が入るのは初めての場所だ。 こんな場所があったのかと周囲をキョロキョロ見渡していると、カイルがクスッと笑った。『好奇心から走り回ったりとかはしないでね。今日はいい子で大人しくしてくれないと、このまま此処で君の事を

  • 黒猫のイレイラ   【第14話】散らばる記憶の欠片⑤(桜塚イレイラ・談)

     ゆっくりと湯船に浸かり、私はほっと息をついた。薬草の粉末がお湯に溶けていて、まるで入浴剤を入れたみたいな感じになっている。保温効果もバッチリなうえ、綺麗な薄緑色になっているお湯を手ですくって、サァッと落とす。ふんわりと香る爽やかな匂いにうっとりした。「いいね、お風呂。やっぱコレがないと。ンンンー!生き返るよねぇ」 誰に言うともなく一人呟く。複数人で入っても狭くなさそうなくらい大きな湯船で脚をグゥーッと伸ばしたら、肩の力がやっと抜けてきた。思っていた以上に体は疲れていたみたいだ。「いいね!一人風呂」 本当は此処の使用人の方々が『洗うのを手伝う』と言ってくれたのだが、もちろん即座に断った。入浴を手伝わせるだなんて、どこの貴族の令嬢だ。マッサージをしてくれると言う提案はものすごく魅力的だったけど、それでもお風呂くらいゆっくり一人で入りたい。(服の上からでもわかるくらいのナイスプロポーション集団に、裸なんか見せてたまるか!) そんな本心はぐっと胸の内に押し込み、風呂場の使い勝手がわからなかったので最初の準備だけは頼んだが、体を洗うのだけは自分でやりたかった。 使用人の方々はそれで簡単に引き下がったのだが、問題はカイルだった。 『体を洗うのを手伝う』と散々駄々をこねたのだ。『前は僕が洗っていた!』と大声で泣きながら言われても、『ならお願いしますね』なんて頼めるはずがない。会ったばかりの男性に裸を晒すとか意味がわからない。彼にとっては猫を洗う延長でも、私にとっては全然全く違うのだ。『絶対に無理です。一人で洗えます!』『一人だと溺れるかもしれないから、僕が洗う!』 ——などと、アホ丸出しの言い争いをした末、私は逃げる様に風呂場に駆け込んで、すぐさま内鍵を掛けた。ドンドンとドアを叩いて何やら懇願され続けていたのだが、今は静かなのでセナさんに怒られたのかもしれない。「——そういえばコレ……」 ふと左手薬指に視線がいった。今は指輪の姿をした、黒いレース柄の元“首輪”である。真ん中にある小さな紅い宝石がまるで猫の目の様でとても綺麗だ。どう考えても、お猫様の品だ。「可愛いけど、なーんか今は複雑な気分だなぁ」 全身全霊で『カイル大好き!』を体現していたお猫様の記憶を追う度に、美形さんなカイルの事を、自分までもが好きなのかもしれないと、実は少しだけ勘違いし始め

  • 黒猫のイレイラ   【第13話】散らばる記憶の欠片④(桜塚イレイラ・談)

    「ごめんなさい……。全然思い至らなかった、です」 夜着からドレスへと着替えた後。夕食の席で、私はカイルに平謝りされた。当然だ、私に食事を与える事をすっかり忘れていたのだから。三食しっかり食べるタイプである私は、夕食間近の辺りには空腹の辛さに絶えきれなくなり、ソファーで力無く倒れていたのだ。『残留思念』による追体験が楽し過ぎて無駄にはしゃいでしまったので、空腹であった事に再び気が付いた時にはいきなり力が出なくなった。 使用人達も『食事は用意しなくても大丈夫なのだろうか?』と気にはしてくれていたそうなのだが、カイルからの指示も無かったので、私はまだ眠っているものだと思っていたらしい。 『来客がある』とカイルを呼びに来た“セナ”と呼ばれる神官服の男性は、カイルから頼まれていなかったので『今のイレイラ様は食事をしなくても問題ない種族の子なのだろう』と受け止めてしまったそうだ。だからか、セナさんからも、今にも土下座をしそうな勢いで謝罪されてしまった。 カイルに至っては、食べる事は出来るが基本的に食事を必要としないらしく、そもそも私に食事を与えないとという発想が頭に無かったそうだ。(お猫様、よく飢え死にしなかったな……こんな人達に囲まれて) 心の底から、不思議に思ってしまった。「もう気にしなくていいですよ。私も悪かったです。今度は『お腹が空きました』って、ちゃんと言葉に出して、言いますね」 大急ぎで用意してくれた大量の食事をなんなく平らげて満足した私は、心の余裕が出来たおかげで彼の謝罪をすぐに受け入れた。美味しかったし、どれもこれも食べやすかったので、怒りたい気持ちなんて完全に消え去ってしまったのだ。(『満腹』は、イライラを吹っ飛ばす特効薬よね) 食事が口に合うというのは幸先が良いとも思った。色々なお話の『召喚されちゃった人達』と同じ様に、私も元の世界に帰る事が出来ない以上、食事は大問題だったからだ。(知っている食べ物と酷似した物も多くあったし、此処でなら何とかやっていけるだろう) 食後に出してもらえた紅茶を飲みながらそんな事を考えていたら、謝罪を受け入れてもらえた事に安堵したらしいカイルが、この瞬間を待っていたかの如く席から勢いよく立ち上がった。 大きなテーブルの対面に座っていた彼は、大股で私に接近し、紅茶の入るカップを持ったままの私を器用にそっと

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